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ゆうど

目白のギャラリーゆうどのブログ
荒崎 うみゆうど 母屋
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    うみゆうどの母屋



    母屋です。一階は八角形。二階は、七角形と不思議な形をしています。
    車で通り抜け出来ないどん詰まりなので、静かです。

    昔、荒崎は島だっととか。隔離感あります。

    庭はこんな。
    今は緑がきれいです。

    | - | 11:27 | comments(0) | - | - | - |
    井戸のお水が出た!
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      7月26日。
      井戸小屋作りとソーラーモーターでの井戸水の汲み上げ。

      最初は、お天気に恵まれ、無事井戸小屋にソーラー取り付け。お水が汲めるようになりました。



      お祝いしようとしたとたんに土砂降り。
      井戸小屋完成がまだだったので、「まだですよー」ということなのか?



      屋根に油漆喰を塗った途端の豪雨だったので、流れてしまい、8月9日にやり直し。
      まだまだ忘れていたこと、やり残していることがあり、完成にはもう少し時間が掛かりそう。

      まずは、お水が汲めるようになったことが幸せ。手で触った感触は柔らかく、違和感がない。

      飲んでみても、甘く、良く知っているお水。ゆうどのお水が戻って来てくれたみたい。
      | うみゆうど ワークショップ | 22:13 | comments(0) | - | - | - |
      うみゆうど 土地の再生・井戸の復活
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        6月24日には、高田造園の高田宏臣さんがいらっしゃり、荒崎の土地を再生させるべく、「土地を読む」ワークショップをしてくださいました。

        一万年前ぐらいからの三浦の土地と、
        私たちが亡くなった後も続く未来へ受け継いで行ける場としての荒崎。
        とても充実したワークショップでした。

        これから自分たちで、手探りで実践していきます。
        またポイント、ポイントで高田さんにレクチャーしていただく予定です。

        7月12日には、元々あった釣瓶井戸を使えるようにするための井戸復活のワークショップが始まりました。

        まずは井戸縁に積む泥団子づくり。



        井戸水の簡易検査も。



        検査の結果は、まったく海水と混ざっていない真水でした。飲料可の全うな井戸。
        水深は23メートルほどの深井戸です。
        これから汲んで行くと、どんどんお水が生き生きとして来ます。

        引き続き、左官屋さんの指導の下、井戸縁積みと三和土の流し作り、
        土地の土壌再生(草刈りをしながら、溝を掘ったり、土を盛ったりなどをして、水と空気の道を作って行く)を自分たちでして行く予定です。





        | うみゆうど ワークショップ | 15:59 | comments(0) | - | - | - |
        ゆうどからうみゆうどへ
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          ゆうどは、今、自然循環型の場を作り始めました。

          目白のゆうどは、うみゆうどへ。
          | お知らせ | 22:02 | comments(1) | - | - | - |
          都市生活の危機を救うRE−SORT(リ・ソート)
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            ゆうどの代表、今井俊博が、1989年に書きました文章を掲載いたします。
            今の時代にフィットするかと思いました。

            都市生活の危機を救うRE-SORT(リ・ソート)

             
                      

            今井俊博 螢沺璽吋謄ング・コンビナート

            エビ、石油、天然ガス、そして木材。これがサバ、サラワク、そしてブルネイの産品である。自然からの全面略奪――コスモスの破壊。こうして、ボルネオの森に、旧石器の生活をしつづける原住の民は、より高く、より限られたジャングルに追われ、あるいは国立公園内に用意された保護区に定住を強いられている。
            この原住民たちには、人口爆発の歴史がなかった。野生の動物や植物のそれと同じであった。そして今、外からの侵略によって、文化の終末を迎えようとしているのである。
            彼らには、時の観念が乏しい。狩猟と採集の日々があり、その日暮らし。常に今日だけが存在するのだという。自分や親兄弟、祖父母たちの年令を彼らは答えることができない。
            何時のころからか、人類は時系列でモノを考え、計画し、行動を起こす習性――クセを身につけるようになった。来年は?21世紀は?秋のファッションは?入学したら?結婚したら?定年退職の暁は?そして国際化の波がやってきたら?等々である。同時に、世界は宇宙として限りなく拡がっているモノという考え方を。
            だが、ボルネオの民にとって、時間と空間とは、多分、同一概念であったのではないだろうか?世界(コスモス)もまた、何億光年の距離までという風に拡げてみる必要もなかった。太陽も月も、蛇も魚も、樹やヒトも、相互に循環的にネットワークされた世界。コスモロジーは破片化していない。
            人類数百万年の歴史の中で、その遊動(ノマド)から定住(農耕社会)への転期は、約1万年前に訪れた。逆にいうと、生物としてのヒトにとって、その定住の経験は、たった1万年にしか過ぎないということになる。
            もともと遊動を前提として、進化と遷移を辿ってきた人類が、その新しい経験――定住生活の中でそのためのノウハウを獲得するのに、この1万年は、あまりにも短か過ぎる。
            人類は果たして都市に住めるのか?そして、どのように住むのか?
            その解答が未完なままに、ここ300年来の産業社会化、人口の爆発的増加の流れはいよいよ強く、21世紀に向けて進行している。そして、人口増加の対応策としてあらゆる町の都市化が進み、人はもはや都市にしか住めないという状況が起こりうるのだ。
            ところで、人類学者たちが前紀、絶滅を前にしてなお遊動の生活を送っているいくつかの少数民族の生活をフィールドワークしている。その報告によると、彼らが特定の場所から遊動に移るキッカケは、気候の悪化や狩猟、採集の対象となる食物や穀物の減少といった経済的な理由だけではないという。ファミリーや部族のメンバーの死や病い、過剰な蓄積、他部族の接近、そして心身の退屈など、一定の場所への滞在そのものを原因とするストレスからの逃避、あるいは解放といった社会的、心理的また文化的な理由がある。
            実は、これらはニューヨークや東京ならびに20世紀の大都市が抱えている都市問題とイコールではないだろうか?そしてこの問題は増々大きな問題を孕み、深く内攻している。
            リゾート(RE-SORT(リ・ソート))――その語源を辿るならば、再び分類し直す、つまり都市の人間が自ら生物としてのヒトに帰る。森の人として遊動し直すことといえるだろう。

            過去一万年来の宗教や芸術、舞踊や音楽、コスチュームやアクセサリー、旅やスポーツ、ソーシャルなパーティや祭り等のイベント。これらは都市に住む人類が都市に定住Sし続けること、そのこと自体に内因する様々な障害を除去しようとする試みであった。
            フェニキアの商人やローマの貴族、中世の城主、あるいは産業革命のブルジョワ達が、地中海やアルプスの城館に作ってきたリゾート、コロニー、そしてアジアの各地の王たちの宮殿、我が国の離宮のすべては、それぞれの時代の文化を反映させながら、定住の中のリゾート・ライフ――保養と社交、そしてエデンの国や極楽浄土の再現を目ざすのであった。
            そして、そこではソーシャル――人間関係のリゾートが常にベーシックな課題として問われ続けてきたように思われる。
            脱産業社会――ポスト・モダンの社会における最もベーシックな課題は、このような意味でのRE-SORT問題といえるだろう。

            (1989年6月 GAP JAPAN)
            | 今井俊博からのメッセージ | 15:51 | comments(0) | - | - | - |